「知らないこと」が増えたのではなく、「知っておくべきこと」が増えすぎている
少し前までは、普通に生活していればなんとなく世の中についていけた。
ところが最近は、そう感じにくくなってきました。
スマートフォンの機能が変わる。
仕事で使うツールが変わる。
AIが急に身近になる。
流行っていたサービスが終了する。
SNSでは毎日のように新しい言葉が生まれる。
昨日まで「これを知っていれば十分」だったものが、いつの間にか「そんなことも知らないの?」という扱いになることさえあります。
すると、こんな感覚になることがあります。
「最近のことがよく分からない」
「新しいものを見るだけで疲れる」
「若い人の話についていけない」
「ニュースを見ても知らない言葉ばかり出てくる」
「もう時代についていけない気がする」
これは、単純に「自分の頭が悪くなった」という話ではありません。
むしろ、人間の脳が処理できる量に対して、世の中から入ってくる情報や変化が多すぎることが一つの原因です。
そして、ここで重要なのは、「時代についていくこと」と「幸せに生活すること」は、必ずしも同じではないということです。
なぜ、世の中の変化が速いとこんなに疲れるのか
「新しいもの」は、それだけで脳の仕事になる
人間は、何も考えずに新しいものを理解できるわけではありません。
新しいアプリを使うときも、新しい仕事のやり方を覚えるときも、頭の中では「これは何なのか」「どう使えばいいのか」と考えています。
慣れているものなら、ほとんど自動的にできます。
毎朝同じ道を歩く。
いつもの店で買い物をする。
使い慣れたパソコンで仕事をする。
こうした行動には、それほど大きな負担がありません。
ところが、環境が頻繁に変わると、そのたびに「考える作業」が発生します。
仕事のシステムが変わる。
スマホの操作方法が変わる。
新しいサービスを覚える。
今まで使っていたものがなくなる。
一つなら大したことがなくても、それが毎日のように起こると疲れて当然です。
「知らないと損をする」という感覚が、さらに疲れを増やす
変化そのものより、実は「知らないと置いていかれる」という感覚が苦しいことがあります。
SNSを見れば、「これを知らないと時代遅れ」という情報が流れてくる。
ニュースを見れば、「今はこれが常識」と言われる。
仕事では「このくらい使えて当然」という雰囲気がある。
すると、何か新しい情報を見るたびに、脳がこんな判断をします。
「これも覚えなきゃいけないのかな」
「知らないとまずいのかな」
「自分だけ遅れているのではないか」
本来なら、ただの情報だったものが、いつの間にか「自分の能力を評価される材料」になってしまいます。
これがかなり疲れます。
「昔はもっと分かったのに」と感じるのには理由がある
年齢を重ねると、「昔は世の中のことをもっと理解できていた」と感じることがあります。
しかし、それは必ずしも自分の理解力が落ちたからではありません。
昔は、自分が生活する範囲の中で必要な情報がある程度まとまっていました。
テレビを見る。
新聞を読む。
学校や職場で話をする。
友人と会話する。
それだけでも、社会で起きていることをなんとなく把握できました。
ところが今は、情報の入口があまりにも多い。
SNS、動画、ニュースアプリ、検索、メール、チャット、オンラインサービス。
しかも、それぞれの場所で違う情報が流れてきます。
「世の中が分からなくなった」というより、世の中を把握するために必要な情報量そのものが増えているのです。
「知らないこと」が怖くなる心理
周りが知っていると、自分だけ遅れているように感じる
たとえば職場で、若い同僚が新しいAIツールについて話していたとします。
「それ、もう使ってますよ」と言われる。
そこで自分が知らなかった場合、「便利そうだな」と思うより先に、「自分は遅れている」と感じることがあります。
でも、冷静に考えれば、その人は単にそのツールを先に知っていただけです。
それなのに、人は「知らない」という事実を、「能力が低い」という意味に変換してしまうことがあります。
この変換が、必要以上のストレスを生みます。
「全部知っておかなければ」という思い込み
世の中の変化についていこうとすると、いつの間にか目標が大きくなります。
「AIも知らなきゃ」
「SNSも分からないと」
「最近のニュースもチェックしないと」
「新しい仕事のツールも覚えないと」
「若い人の流行も知らないと」
こうして考えていくと、覚えることが無限に増えてしまいます。
しかし、世の中のすべてを理解している人などほとんどいません。
情報をたくさん持っているように見える人も、実際には自分に必要な分野に絞っていることが多いものです。
実は「ついていかない」という選択肢もある
ここで、一度考え方を逆にしてみます。
「どうすれば時代についていけるか」ではなく、
「自分は、どこまで時代についていく必要があるのか」と考えてみるのです。
たとえば、新しいSNSが流行したとしても、仕事や生活に必要がなければ使わなくてもいい。
新しい家電が出ても、今使っているもので困っていなければ買い替えなくてもいい。
話題のサービスを知らなくても、自分の生活に何も問題がなければ、それは「遅れている」のではなく「必要としていない」だけです。
世の中が進む方向と、自分が進みたい方向は同じでなくても構いません。
「全部追う」から「必要なものだけ選ぶ」に変える
変化に疲れている人ほど、新しい情報を減らすことが効果的です。
1. 「自分に必要か?」を最初に考える
新しい情報を見たときに、すぐ「覚えなきゃ」と思わないことです。
まず、こう考えます。
「これは自分の仕事や生活に必要だろうか?」
必要なら覚える。
必要でなければ、とりあえず放置する。
それだけでも、頭の中に入ってくる情報の量はかなり変わります。
2. 「今すぐ理解する」をやめる
新しいものを見つけた瞬間に理解しようとする必要もありません。
「今は分からないけど、必要になったら調べればいい」と考えておく。
これは意外と重要です。
インターネット上には、「知らないこと」が大量に存在します。
それらを全部覚えておく必要はありません。
必要になったときに検索できるなら、それで十分なことも多いのです。
3. 情報収集の時間を決める
暇なときにSNSやニュースを眺めていると、次々に新しい情報が入ってきます。
そして、脳は「まだ見ていない情報がある」と感じ続けます。
そこで、ニュースを見る時間を決める。
SNSを見る時間を決める。
寝る前は新しい情報を入れない。
こうした小さなルールだけでも、「常に世の中を追いかけている感覚」から離れやすくなります。
変化についていけないときほど、「自分の基準」を持つ
世の中の変化が速い時代ほど、周囲を基準にすると疲れます。
誰かが新しいものを使っている。
誰かが新しい働き方をしている。
誰かが最新情報を知っている。
それを見るたびに、「自分もやらなければ」と思っていたら、終わりがありません。
そこで必要になるのが、「自分にとって必要か」という基準です。
新しいものを取り入れることが目的ではありません。
便利になるために取り入れる。
仕事が楽になるから取り入れる。
楽しいから使う。
そのくらいでいいのです。
「最新だから使う」という順番になると、いつまでも時代を追い続けることになります。
「時代についていけない」のではなく、「全部についていこうとして疲れている」のかもしれない
世の中の変化が速くなったと感じると、「自分の能力が追いついていない」と考えがちです。
でも、本当にそうでしょうか。
知らないことが増えるのは、あなたの知識が減ったからではありません。
世の中に存在する情報そのものが増え続けているからです。
新しいものが出てくるたびに、全部理解しようとすれば、どれだけ勉強しても「まだ知らないもの」が残ります。
だから、これからは「どれだけ知っているか」だけではなく、「何を知らなくてもいいと判断できるか」も大切になってきます。
知らないことがある。
流行を知らない。
最新サービスを使っていない。
それだけで、自分が時代から取り残されたわけではありません。
変化の速い時代を生きるために必要なのは、追いつく力だけではない
世の中の変化を止めることはできません。
これからも新しい技術が出てきて、新しいサービスが生まれて、今まで当たり前だったものが変わっていくでしょう。
だからこそ、「全部についていく」という戦略は、どこかで限界がきます。
必要なのは、変化するたびに慌てて追いかけることではありません。
「これは自分に必要なのか」
「今すぐ覚える必要があるのか」
「知らなくても生活には困らないのではないか」
そうやって、取り入れるものを選ぶことです。
世の中がどれだけ速く変わっても、自分まで同じ速度で変わり続ける必要はありません。
少し遅れてもいい。
知らないものがあってもいい。
分からなければ、そのときに調べればいい。
そして何より、「時代についていくこと」より「自分の生活をちゃんと生きること」のほうが大切です。
もし最近、「もう世の中についていけない」と感じているなら、必要なのは新しい情報をもっと詰め込むことではないのかもしれません。
もしかすると、今まで追いかけすぎていたものを、いくつか手放す時期に来ているのかもしれません。